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催し物

岩手大学人文社会科学部 宮沢賢治いわて学センター 第25回研究会(=旧・岩手大学宮澤賢治センター第130回定例研究会)(2024.5.28)

定例研究会

名 称: 岩手大学人文社会科学部 宮沢賢治いわて学センター 第25回研究会
(旧・岩手大学宮澤賢治センター第130回定例研究会)
日 時: 2024(令和6)年5月28日(火)17:00~18:10
形 式: オンライン形式(Zoom Meetings)
講 師: 井澤 賢隆 氏(NHK学園講師/シンガーソングライター哲学)
演 題: 『春と修羅』その愛の葛藤と歌
──「恋と病熱」「春と修羅」「春光呪詛」 =苦さ三部作について──

司 会: 木村直弘(当センター副センター長)
参会者: 58名

【発表要旨】
 宮澤賢治の詩に、私自身が作曲したオリジナルな曲を付けて歌い始めてから、すでに25年以上になる。現時点での自作曲宮澤賢治作品は全24曲。その内容のまとまりから、「「春と修羅」苦さ五部作」、「「無声慟哭」五部作」、「「オホーツク挽歌」六部作」、「「恋と別れ」八部作」、「その他」に分け、ライブでギターによる弾き語りをしている。これらの歌の内容を簡単に紹介するとともに、まず宮澤賢治の作品や歌との出会いの経緯を述懐。次に、今年2024年に刊行100年を迎えた『春と修羅』の、私なりに考える核心の詩「苦さ三部作」について、その歌を歌ったあと、内容を論じた。
 『春と修羅』は難解な作品である。それは「心象スケッチ」といわれる主観的表現にも原因があろうが、内容においても賢治の心情が錯綜しているからである。これらの詩には亡くなった妹トシに対する思いは表面に出ているが、実はそれだけではなく、親友の「保阪嘉内」との訣別の苦さ・辛さ、そして相思相愛の恋人であった「大畠ヤス子」への情動が三重に重なって融解している。そこが一番わかりにくいところなのだ。
 賢治は妹トシ以外の二者への思いを巧妙に隠した。しかし、その一方で密かに暗示もしている。その最初の仕掛けが『春と修羅』第1章「春と修羅」の8番目から10番目までの三つの詩、すなわち「恋と病熱」、「春と修羅」、「春光呪詛」である。この連続する三つの詩は、おそらく宮澤賢治が意識的にここに配したもののように私には思われる。秘鍵の一端をそれとなく示したのである。これを私は「苦さ三部作」と呼んでいる。
 まず、「恋と病熱」。ここでは「つめたい青銅(ブロンヅ)の病室で透明薔薇の火に燃される」「妹」が出てくるから、表題の「病熱」は妹トシの病状である。だが、一方で「たましひは疾み」「あんまりひどい」賢治の状態はどこから来ているのか。それは賢治自身の「恋」の病・葛藤そのもの。大畠ヤス子への「恋」だと考えられる。「病熱」には実は賢治の「恋」の疾病も重なっているのである。
次に「春と修羅」。これは親友・保阪嘉内との別れの辛さに相思相愛の恋人・大畠ヤス子との訣別の葛藤が重なって、苦悩そのものの叫びとして心情が表白されている詩である。それは「天」・「気層」がそのまま「海」にもなっている表現の二重性にも表れている。ここで「唾(つばき)し はぎしりゆききする」「修羅」としての「おれ」。それは、仏教の「六道輪廻」思想で「人間」の一つ下位において「闘諍」を旨として戦っている前向きな「修羅」ではない。「諂曲(てんごく)模様」つまり自分の意志を曲げ、媚び諂(へつら)っている消極的な姿勢の「おれ」である。そうすると、よく知られた「(このからだそらのみぢんにちらばれ)」という一行も、宇宙と一体化し、原始(原子)に戻ろうとする自身のあり様を述べているのではなく、苦く悔しくかなしい自身のやるせないあり方を一気に発散させようとする思いのように思えてくるのである。それほど苦悩は深いと言わざるを得ない。
 最後に「春光呪詛」。1922年(大正11年)の初めころ、賢治は大畠ヤス子と親しくなり、個人的な交際を始めた。その後、賢治の強い意向によって宮澤家から大畠家に結婚の打診がなされたようだが、大畠家の伯母の反対などによって成就しなかったという。「春光呪詛」は、この間の経緯と諦めようとする賢治の心境が述べられている。打診が受け入れられなかったのは、宮澤家においても大きな問題だった。「いつたいそいつはなんのざまだ どういふことかわかつてゐるか」、父親は激怒し、叱責する。この言葉は賢治にとってかなり辛いものだったろうが、恋心は未だ否定できないだけに、ヤス子を諦めることの方がさらに辛かったに違いない。「ただそれつきりのことだ」だけでは収拾しきれない思いが伝わってくる詩である。
このように『春と修羅』は、苦悩し、絶望し、苦さを味わいながら必死に何かを求めようとする「往相」の詩集(心象スケッチ)であると言ってよいだろう。

(参考文献)
・佐藤勝治『宮沢賢治・青春の秘唱 「冬のスケッチ」研究』(十字屋書店、1981年刊)
・菅原千恵子『宮沢賢治の青春――“ただ一人の友”保阪嘉内をめぐって』(宝島社、1994年刊。のち角川文庫)。
・澤口たまみ『宮澤賢治 愛のうた』(もりおか文庫、2010年刊。のち夕書房より新訂版)

 

宮沢賢治いわて学センター第25回研究会チラシ.pdf